愛知県一宮市のお客様より九谷焼徳田八十吉 壷、中田一於 盃ほか作家物をお譲りいただきました◆出張買取古美術久田
2026年05月05日
本日は一宮市のお客様より九谷焼徳田八十吉の壷、人間国宝中田一於の作品ほかいろいろとお譲りいただきました。
■人間国宝・中田一於──九谷焼に「銀の光」をもたらした革新者
九谷焼の世界において、銀箔の輝きを独自の美として昇華させた陶芸家がいます。
それが、2025年に重要無形文化財「釉下彩(ゆうかさい)」の保持者として人間国宝に認定された中田一於(1949–)です。
石川県小松市を拠点に活動し、九谷焼の新たな境地を切り開いた作家として国内外から高い評価を受けています。
■ 中田一於の歩み
1949年、石川県小松市に生まれ、家業である中田錦苑窯で陶芸の基礎を学びました。
その後、九谷焼の巨匠であり人間国宝の三代 徳田八十吉に師事し、色彩表現や造形の感覚を磨きます。
1978年 日本伝統工芸展 初入選
1990年 日本伝統工芸展 文部大臣賞
2011年 紫綬褒章
2019年 旭日小綬章
2025年 重要無形文化財「釉下彩」保持者(人間国宝)に認定
長年にわたり九谷焼の革新に取り組み、その功績が国から正式に認められました。
■ 独自技法「釉裏銀彩(ゆうりぎんさい)」とは
中田一於の名を語る上で欠かせないのが、独自に確立した技法「釉裏銀彩」です。
技法の特徴
– 磁器素地に銀箔を切り貼りする
– 膠で固定し、透明釉をかけて焼成
– 銀の酸化を防ぎつつ、釉薬越しに柔らかな光を放つ
– 淡青・淡桜・紫苑などの淡い色釉と調和する
銀箔の輝きを“釉薬の奥”に閉じ込めることで、
静謐で気品ある光の表情を生み出すのが最大の魅力です。
制作工程は非常に精緻で、銀箔の重ね方や焼成温度の管理など、熟練の感覚が求められます。
中田一於は、九谷焼における銀箔表現を極め、
「光を釉薬の奥に閉じ込める」という独自の美を確立した革新者です。
人間国宝としてその技術は日本工芸の最高峰に位置づけられ、
今後も作品の価値と注目度はさらに高まっていくでしょう。
徳田八十吉とは
概要と系譜
徳田八十吉は、九谷焼の陶工として知られる家系で、初代(1873年生-1956年没)から四代目まで続いています。初代は吉田屋窯風の作風を得意とし、浅蔵五十吉など多くの陶芸家を育てました。二代目(1907年生-1997年没)は1923年に初代の養子となり、1956年に襲名して九谷焼の近代化を推進しました。三代目(1933年生-2009年没、本名:正彦)は、祖父と父の技術を受け継ぎつつ独自の技法「彩釉」を確立し、1997年に重要無形文化財(人間国宝)に認定されました。四代目は2010年に襲名し、現在も活動しています。
作風と技法
徳田八十吉の作品は、従来の九谷焼のような絵柄(山水・人物・花鳥風月)ではなく、色の濃淡のみで表現する「彩釉(さいゆう)」が特徴です。三代目は約70色の色釉を使い分け、グラデーションによる深みのある色彩表現を追求しました。作品はロクロ成形や面取成形を用い、焼成温度は従来の900℃前後より高い1000℃前後で焼くことで、色の深みを出しています。花瓶や茶器、トロフィーなど多様な形状の作品を制作しました。
評価と受賞
初代は昭和28年に九谷焼上絵付で重要無形文化財(人間国宝)に認定され、二代目は九谷焼の近代化に貢献しました。三代目は彩釉磁器で国指定重要無形文化財保持者となり、国内外で高く評価されました。四代目は女性らしい柔らかい色合いの作品も手掛け、従来の八十吉とは異なる新しい作風を展開しています。
まとめ
徳田八十吉は、九谷焼の伝統を受け継ぎつつ、色釉による独自の表現技法を確立した名門陶芸家であり、初代から四代目まで続く家系を通じて日本の陶芸界に大きな影響を与えています。作品は色彩の美しさと技術の高さで国内外で高く評価されており、九谷焼の近代化と芸術的発展に貢献しました。
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徳田八十吉、人間国宝中田一於出張買取古美術久田
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